akinobuについて
1992年:水俣市の病院で生まれる。
1996年:父に連れられ釣りに行き始める。父は実家の芦北にてフカセのみの人間だった。
2000年:初めての竿を買う。3000円くらいのベイトロッドだった。
2013年:大学4年目で暇が出来たので久々に釣りを再開する。中学~高校は部活・バンドをしていて釣りに興味が無かった。
この頃にアメブロで「kagamiのしなるチヌ釣りブログ」を開始する。kagamiは当時モンスターハンターオンラインで使っていたハンドルネーム。
2014年:就職。社会人となった為、釣りの支出が本格化。この頃はチヌフカセしかしなかった。ルアーに釣れるビジョンが無かった為。12月には車を買い、遠征が本格化。
2015年:同僚に誘われバス釣りに行くことになり、バスロッド購入。バス釣りは3回もやらなかったので、バスロッドはシーバスに転用されたw
2016年:この年、今でも仲が良い釣り友となる同僚と出会う。
熊本地震で被災。仕事も休みとなった上スーパーで食べ物が手に入らなかったので、芦北に疎開。疑似餌ゴカイでキスを釣って食いつないだ。この年の夏に芦北にてトップチニングを覚えた。
6月から昇進し、宮崎県高鍋町に転勤となる。宮崎異動を機にフカセをほとんどしなくなる。
7月に父の末期がんが判明し釣りどころではなくなる。
11月には宮崎県宮崎市に転勤する。
2017年:2月に父が逝去。母が寄り添う時間が長くなるように私が喪主を務めたが、その時の様子を見た私の上司が「喪主は立派だったが、彼の悲しみの表情を見る限り、職場復帰は難しいだろう」と悟ったのに、9日間の忌引き明けの際に「休みいっぱい貰ってサーセン、サーセンw」と出勤した私を見て、『あいつ何だったんだ・・・』と言わしめる。(私なりの精一杯の虚勢だったけどw)
釣り友がその様子に気づいて、私をエギングに誘い始める。見事ドはまりし、この年はエギングしかしなくなる。
11月にはあの伝説回、カマス泳がせでブリを釣ることになる。
2018年:シイラ釣りに連れて行ってもらう。ここからショアジギングがメインとなる。
10月に昇進と同時に熊本県天草市に転勤。釣りしたいがために自分から願い出た異動だった。
ここで釣りニュースライターだった部下と出会う。
初めての牛深沖磯でブリ5本を上げてから「もうフカセをすることを無い」と決意、好きだったガマカツのロッドを売却しフカセ人生に終わりを告げる。
フカセ竿を手放した事からアメブロタイトルから「チヌ」を削除し、「kagamiのしなる釣りブログ」に変更。
2019年:天草市では基本的にエギング、チニングをして過ごす。
初めてのオフショアをタイラバで経験する。
2020年:退勤後15分でエギングをしてばかりいた時期。
2月、エギングを教えてくれた釣り友が転職し疎遠となる。
4月、コロナで働き方が一変する。
2021年:この年からアナゴ釣りにもハマる。
9月、漁師となった釣り友の誘いでオフショアシイラへ。12㎏の大物を釣る。
11月これまで勤めていた職場を退職する。しばらく無職で釣りをすることに。実家の熊本県人吉市に戻る。
2022年:無職となって手の衰えを感じた為、文書能力を衰えさせない為に、釣りニュースライターとなって自身の釣り体験を寄稿することに。
6月、飲食業店長として再就職したが合わずに1か月で辞める。
7月、協同組合職員として勤務開始。前職より休みが20~30日増えた為、遠方ながら海釣りへ向かう。
8月、管釣りでのヤマメ釣りを覚える。涼しかった。
10月、上天草市公式釣り人として活動し始める。但しタチウオ、アナゴ専門。
2023年:漁師となった釣り友が試験の為、2か月熊本県三角町のゲストハウスに泊まる。誘われて以後、テラスからの釣りにハマる。
服が7XLしか入らなくなる。
2024年:アメブロから独自ドメインのHPに移管。
アメブロタイトルは「kagamiのしなる釣りブログ」だったが、kagamiをakinobu(本名)に変更、ブログ→ニュースに昇華させ、「akinobuのしなる釣りニュース」とした。
2025年:くまモンの魅力をアジアに発信する【モンバサダー】として熊本の魅力を発信中。